二葉亭四迷最後の小説『平凡』は、地方官吏として働きつつ、家では翻訳で小金稼ぎをする極めて所帯じみた小説家が、自身の半生を振り返る自叙伝である。祖母、飼っていた犬、上京、雪江とお糸という二人の女性、そして父親の死。これら過去を振り返りながら、随所に文学批判を展開するこの小説は、近年の文体的評価を除いて、四迷の私小説とみなされてきた感が強い。本稿では文体(どう語っているか)ではなく、もちろん私小説的コードの方向でもなく、小説構造やその高次のテーマ性(なにを語っているか)に注意しながら、文学をアンビヴァレンスを描いた小説という、新しい評価を与える。
【目次】
序、くたばつて仕舞へ
一、三つの名
二、経済に拘束される小説家
三、死を看逃す
四、失われた〈終り〉を求めて
註
【略年譜】
元治1(1864)年 江戸市ケ谷にて誕生。本名、長谷川辰之助。
明治14(1881)年 18歳。東京外国語学校露語科に入学。
明治19(1886)年 「小説総論」、『中央学術雑誌』、4月。
明治20(1887)年 24歳。『浮雲』第一篇を出版。
明治21(1888)年 翻訳ツルゲーネフ「あひびき」、『国民之友』、7・8月。
明治39(1906)年 『其面影』、『東京朝日新聞』。
明治40(1907)年 44歳。『平凡』、『東京朝日新聞』。
明治41(1908)年 「余が半生の懺悔」、『文章世界』、6月。
明治42(1909)年 ベンガル湾洋上にて死去。