有島武郎『骨』小論――詩へのスプリングボード――

有島武郎『骨』小論――詩へのスプリングボード――

状態 完成
最終更新日 2014年04月19日
ページ数 PDF:10ページ
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内容紹介

有島武郎の『骨』は有島個人雑誌『泉』において、大正一二(1923)年四月に発表された。不良青年「勃凸」と社会主義運動に関与する放埒な男「おんつぁん」(モデルは有島の出資で古書店を経営していた田所篤三郎)との友情関係を軸に、勃凸が後生大事に懐に入れていた亡き母親の骨をなくす挿話を通じて、社会におけるアウトサイダーの悲哀を描いたこの小説には、未だ独立した作品論が存在しない。本稿では、題名『骨』を〈こつ〉と読むべきか〈ほね〉と読むべきかという問いを導入に、〈こつ〉(音読み)としての『骨』、言い換えれば聴覚によって中心化された音響的世界としての『骨』を読む。そして、その背景にある有島武郎の漢字廃止論への共感、また詩(音楽性)への憧憬を読み、『骨』が有島自身にとっての実験作であったことを明らかにしたい。

【目次】
一、〈こつ〉か〈ほね〉か
二、勃凸の聴覚的世界
三、有島武郎の漢字廃止論

【略年譜】
大正8(1919)年 『或る女』前編、叢文閣、3月。『或る女』後編、叢文閣、12月。
大正9(1920)年 評論『惜みなく愛は奪ふ』、叢文閣、6月。
大正10(1921)年 訳詩『ホヰットマン詩集』第一輯、叢文閣、11月。
大正11(1922)年 「宣言一つ」、『改造』、1月。
大正12(1923)年 訳詩『ホヰットマン詩集』第二輯、叢文閣、2月。『骨』、『泉』、4月。「瞳なき眼」、『泉』、4~5月。雑記「言葉と文字」、『オヒサマ』、7月。談話「上田博士の就任を機に漢字制限に就ての意見を徴されたのに答ふ」、『読売新聞』、8月。6月に、波多野秋子と情死、7月6日、遺体発見。

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奥付
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