貧困とは〈無いこと〉ではない、〈有りすぎること〉だ。プロレタリア作家、葉山嘉樹の新聞連載長編小説『移動する村落』。そこで描かれた貧困の集団生活を分析しながら、特定の住所をもてない労働者の離合集散がもたらす、「混成的世界」の諸相を考察する。このテクストは単なるプロレタリアの絶望を披瀝しているのではない。「村落」の混成性は、単なる貧困のアウトプットではなく、労働者に新たな変容をもたらす一個の希望でもありうる。そこに、派遣労働や非正規雇用問題に揺れる今日にあって尚、このテクストを再読する価値が認められる。テクスト論。プロ文ビギナーも是非。
【『移動する村落』梗概】
『東京朝日新聞』に1931(昭和6)年9月12日から1932(昭和7)年2月9日まで、断続しながら発表。舞台は山間部の水力発電所のダム工事現場。そこへは全国津々浦々から様々な経歴をもった労働者たちが出稼ぎのため期間限定で集まってくる。やはりそのうちの一人で貧困に苦しむ虎は妻の春子に命じられ、娘の花を連れて、列車で「村落」に向う。しかし、到着してそこでの生活に慣れても、貧困から脱することはできない。そして、或る日、虎は妻を殺してしまう。最終的に飯場も自然の猛威によって壊滅し、虎は濁流となった川に呑み込まれ死んでしまう。こうして一度集まった「村落」は再び全国へ離散していく。