有島武郎の長篇小説『迷路』には、人種に対する敏感な意識が描かれている。日本からアメリカに留学したAは、異国の地での被差別的な状況もあって、自分の黄色い肌、その黄色人種性の劣等感を拭えない。好意を抱いていた少女ヂュリヤには東洋人であるという理由で拒絶され、姦通のすえ身ごもったというP夫人の混血の胎児に対しては暗い生涯の想像しかできない。けれども、想像の混血児は次第にAにとって不可欠なアイデンティティの根拠として見出される。そこには、依然として人種の色眼鏡に囚われながらも、人種の混合を突き詰めることで達成されるかもしれない、平等な身体イメージへの希望があった。拙稿「アマルガムの環境――有島武郎の「ミリウ」論――」(http://p.booklog.jp/book/105753)の続篇として、具体的な小説テクストから混合体(アマルガム)の諸相を探る。
【目次】
序、アマルガム復習
一、「人類」共同体への弁証法
二、想像された混血児
三、黄色の遺伝
四、性愛の個人主義
五、自立できない個人主義
六、修論「日本文明の発展」のアマルガム
註
【略年譜】
明治36(1903)年 8月、アメリカ留学に発つ。
明治37(1904)年 2月、日露戦争が始まる。5月、修士論文「日本文明の発展」が完成、M・Aの学位を取得。
大正5(1916)年 三部作の第一作『首途』、『白樺』(3月)。
大正6(1917)年 三部作の第二作『迷路』、『中央公論』(11月)。
大正7(1918)年 三部作の第三作『暁闇』、『新小説』(1月)。三部作を改稿して『迷路』を『有島武郎著作集』第五輯(6月)に発表。