状態 | 完成 |
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最終更新日 | 2014年01月14日 |
ページ数 | PDF:88ページ |
【特集】つたえたい 独りでこどもを育てられない
こどもが安心して、そして安全にすごせるのは、おかあさんが安全で安心してすごしているかにかかっています。
ルポライターの杉山春さんは、『ルポ虐待 大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書、二〇一三年九月)で、「少なくとも、母親だけが子育ての責任を負わなくていいということが当たり前になれば、大勢の子どもたちが幸せになる」としています。
本誌では毎年、「子どもの貧困」を特集のテーマとして掲げてきました。子どもの貧困は、親の貧困と直結しています。
「この世に生まれたいのちに、憲法二五条の光が届くようにしたい」。
この願いは、社会福祉や公衆衛生の現場で働く人たちのしっかりした魂としてみることができます。
社会福祉施設に入所してきたこどもたちには、温かい家庭、いつも見守ってくれるおかあさんやおとうさんがいなかったかもしれません。だからと言って、この子に、人としての幸せを社会として提供できないのでは、憲法二五条の光は届かないことになります。
福祉現場や医療現場の中で起こるマタハラ(マタニティハラスメント)の背景に、労働の構造的問題をみます。
報酬や運営基準等の労働定員の規制が、同じ現場で働く仲間の妊娠や出産を認め合えない重い負担構造として放置され、ここでも自己責任を貫く国家は、事業者や職場の努力だという姿をとらせます。国家の制度政策が、ここまで人の幸せに介入してもよいのでしょうか。
アベノミクスは、「女性の出番」と言い放つも、そこでは低賃金と非正規の女性労働の拡大と、福祉の市場化の中で消費者としての過酷な場ですごすことを求めているのです。 (編集主幹)