椎間板ヘルニアを侮る事なかれ


著: toshinori

椎間板ヘルニアを侮る事なかれ

著:toshinori
販売価格:547円 (税込)
状態 執筆中
最終更新日 2013年06月28日
ページ数 PDF:194ページ
内容紹介

57歳の私がもがき苦悩した人生を2013年の現在の目を持って回想と現在を行ったり来たりする闘病記と日常を綴ったものである。私は16年前離婚をし、以降シングルファーザーとして子供達を育てた。二人の子供はそれぞれの目指した大学を卒業しがこの時代ならではの就活に翻弄されながら、現在は二人とも東京で就職したのである。そして私の人生のターニングポイントのタイミングは、30歳で椎間板ヘルニアで手術したが、術後術前以上の下肢痛に激痛が走るという術後後遺障害で8回に渡る様々な癒着剥離とか二椎間前方固定術するも腰部とか下肢部の痛みがひどく、神経切除術にても痛みとれず腰椎癒着性くも膜炎の両下肢不自由となった。、奈良県立医科大で当時最先端の脊髄に電極埋め込み術で痛みを緩和に挑戦した。そして車椅子になった。その後、レペタンの静注とレペタン座薬を使用して痛み止めをして社会復帰をしたが、問題が次々と出た。そして、2012年よりデュロテップ(麻薬剤)を使って痛みのコントロールをしている。でも、今はそれ以外の問題が生じており、それらの日々を書いている。

目次
ふじや本店を辞めた理由
桑名市民病院へ転院と一人の若者との出会い
又団地の工事始まった。
再入院後の患者たち
病院食とは
2013年5月24日デュロテップの張り替え写真
病院の怖い実話・・・・
痛みのコントロールと昼間の眠気をコントロールが課題
2013年5月25日の一日の目標達成
松葉杖から車椅子への移行と色々な気持ちと増築
車椅子への無知と障害者を見て来なかった事実
折れそうな心を繋ぎ止めるも、王手で辞めざる負えない状況
私の友人達との今後の付き合い方
久しぶりにできた熟睡の喜び&久々の買いもの
四日市の思い出多い夜の蝶
高田本山のお七夜参りと負傷した軍人の白い着物と空き缶の物乞い
コントロールの効かない痛みが再発中
ドクターとの連絡をどの時点でするか
IH調理器を購入する訳
私が構想した庭の言葉のスケッチ
若年者は働きたいが働けないと働かないとの二手の人がいる
小児愛癖の求職者が異常な応募
デュロテップのメリットとデメリット
脊髄電極の埋め込みの部分が痛む
眠気の中の受診
デュロテップの規制が厳しくなる
白々とした夜が明ける
認知症のチェックって大丈夫?
フロイトの精神分析
2度目の精神科受診
脊髄電極埋め込みのMRIのリスク
大雨で目が覚める
ストレス
大学病院の麻酔科のドクターと電話相談
クロッカス・菖蒲・はらんのそれぞれの一種生け生花(池坊)
池坊一種生け生花(紫陽花)
ふと感じ取る
藤田保健衛生大学病院の思い出
ふと感じ取る
過度な痛みに我慢する
息子と父親
椎間板ヘルニア後方髄核摘出術 期待から谷底へ
空しい昼間
2度目の手術
3回目の後方神経開放術の手術
4回目の腰椎前方固定術
私の3月11日
4度目の手術の結果報告
前方固定の限界
悪夢を見る時
波乱の年
人生のタイミング
苦々しい転職
色のない世界
眠れない
幼子の見舞い
薬物依存症を認識できない
生き地獄の痛み
バッテリーが上がりまして!
脊髄電極埋め込み手術
生まれていれば今年で、17歳だった
取り返せない過去
別居の訳
腰椎硬膜外刺激電極埋め込み術
親なりに学ぶ
息子がいじめにあった時
後遺障害で便漏れの悩み
娘の万引き事件
雨の匂い
片親からみる子育て
シングルファザーの実情
ハウステンボスへカウントダウン旅行記
子供の中学時代の部活
子供の友人達
NHKの”時代”中島みゆき
大岡越前(BS)
医療ミスを問わず医療の日進月歩へを期待
PCの不調とWOWOWのニュースルームを見て
交通事故の加害者と被害者の家族
喜怒哀楽を出そう
自分を書く
福島の原子炉は昔の釜戸の謙虚さを学べ
夫婦と断絶
どないしょ!
息子の留年騒動とその後
睡眠
義父の葬儀
”色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年”が絶好調の売れ行き
パチンコ依存症
気分次第
ひきこもり
パニック障害
入浴
生きているのに死んだ噂
庭仕事
有害なけしの花
自立支援法の活用
頼れる兄
母の七周忌法要の準備と亡くなった当時の記憶
痛みにもいろいろありまして
母の日の母の法要
子供たちの親孝行
眠気で一杯
仮前歯が入る
アイスが食べたくて
正規雇用と非正規雇用の問題と課題
Tドクターとの因縁
一人ぼっち
最初の入院の仲間
労災認定を受けて・・・・
労災に依存し、自分の症状を悪化へと進む
労災に依存し、自分の症状を悪化へと進む
入院患者が羽目を外す騒動