毎日のように人身事故が多発する山手線。会社をクビになった野間育郎は、家族の手前、会社に行くふりをして山手線に乗り込み、一日中メリーゴーランドのようにくるくる廻る空虚な時間を過ごしていた。そんなある日、電車の中で出会った白髪の老人から、瞑目しつつ山手線を無心に回る「山手線環行内観法」という瞑想法を伝授された。この越川老人はいつも、その分身のように繃帯を巻いた薄気味悪い幼女「一子」を連れていた。
この特殊なメディテーションを行っていると、心身の波長がズレはじめ、新たな変性意識に到るという。のみならず、山手線の轢死者たちへの供養となり、ついには東京中心部の空間が変容するという。老人は、いまその集団行動がネットで叩かれている「山手エソテリック教会」の主宰者であった。しかし、心の疲弊した野間育郎には、この二人は、預言者と天使のようにも思われた。
越川老人はさらに、現代の閉塞感に満ちた都市を浄化するには、それらの供養だけでは足りず、黙示録的な浄化の雲「アスペラトゥス雲」による過酷な洗礼が必要だという。野間は、老人の示す高次のイディア界と、日常との違和に精神を病み始め、いつしか浮浪者のような生活を始める。やがてついに、沖縄・九州から上陸してきた台風とともに、東京・山手線上空に、黙示録的な巨大雲「アスペラトゥス雲」は出現した。ボルヘス、マルケス、ドストエフスキー、埴谷雄高、武田泰淳を敬愛する作者が、神話と詩と思想の融合を目論んだ哲学的幻想小説。