法(現代自然法)・社会(則法人権擁護享受制度公社会)・人権(被制限自由共生権)を顕在化させた、見えざる手は、生き物人間感覚だ。
アダム・スミスも、ミルトン・フリードマンも、この見えざる手を分かってはいなかった。
人間は、社会(世界)的分業の下に、他者と共に自由(被制限自由)に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)以外に生きていく術のない生き物なのである。この生き物人間感覚が神の見えざる手なのだ。
現代(日本国憲法)社会は、生き物たるすべての人間が、社会(世界)的分業の下に、他者と共に自由(被制限自由)に生きていく(健康で文化的な生活を営んでいく)ためのシステム(制度)、即ち則法(超法規社会規範・現代自然法)人権(被制限自由共生権)擁護享受制度被制限自由共生公社会としてできている。
多様な自由な個々人の生の共存を是とする多生共存社会である。社会なのである。
この則法(現代自然法)人権擁護享受システム社会を確認しているのが、憲法13条だ。
すべて社(国)民は、生き物たる人間個人として尊重される。前段にはそうある。
生き物たる人間が、他者と共に自由に生きていく制度権利、即ち人権(被制限自由共生権)は、法(現代自然法)に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。後段にはそうある。
いわゆる資本主義とは、無法投機資本主義トリック私非社会化社会壊乱利得詐欺犯罪のことだ。投機資本主義トリック私非社会化社会壊乱利得詐欺犯罪は、「憲法の定める社会(国家)制度の壊乱に当たる」大罪だ。
自由主義資本主義の名の下に、この大罪が行われているのが、この大罪を民主(主義)的にやるのが、ファクトだ。
この人類史上例のない極悪犯罪がばれなかったのは、無制限自由トリックによって、法(超法規社会規範・現代自然法)が隠蔽されてきたからでしかない。