2019年に中国湖北省武漢で発生が確認された新型コロナ感染症(COVID-19)は、瞬く間に世界中に広がり、2023年の5月の時点で、総患者数は、7億6,700万人、死者は、690万人を超えるほどのパンデミックを引き起こすことになった。一方、発生確認から数か月後の2020年1月10日には、その全塩基配列がオンラインで投稿された。それは、2002年に中国で発見されたSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスや2012年に中東から広がったMARS(中東呼吸器症候群)と同属のコロナウイルス(後に、SARS-CoV-2と名付けられた)であることが分かった。このニュースを見て、これまでSARSやMERSと戦ってきた世界中の研究者たちは、直ちにこのSARS-CoV-2のタンパク質の構造解析にとりかかった。その中から、mRNAワクチン、アデノウイルスワクチンや抗ウイルス剤であるメインプロテアーゼ阻害剤、RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤の創製に至る開発は、これまでの歴史上にないほどの怒涛の勢いで進められた。そして、いずれもこれまでの医薬品と比較して異例の速さで上市に至っている。これは、パンデミックと言う異常事態に対し、産官学が一体となり、これまでに蓄積された知識と技術が結集された結果と言えよう。正直なところ、SARS-CoV-2のパンデミックがなければ、SARS-CoV-2のワクチンがこれほどまでの速さで承認されたかどうかは分からないと思われる。
本書では、創薬研究に興味のある方のために、SARS-CoV-2による感染の分子機構の解明から、ゲノム創薬的アプローチによるワクチン(mRNA、アデノウイルス、タンパク質)や低分子抗ウイルス薬の分子設計と製造方法、臨床開発の経緯などについて、まとめてみた。