火星開発インダストリー(Mars・Development・Industry)は、一般人の火星移住計画を支援するための技術者を、世界各地から発掘して登用してきた民間企業体である。
移住計画はすでに軌道に乗り、地球と火星の間には定期航路が開かれていた。そんな時代。
クレス・グラヴァシュはクロアチア出身で、十四歳でマサチューセッツ工科大を卒業し、プロジェクトに参加、いくつもの分野で多大な貢献を成した。火星の衛星フォボスに配属となったのは、やはり同大学出身でMDIに参加した航空宇宙工学のタカムラ教授の要請があったからだった。
クレスはMDIプロジェクト参加当初からひとりの少女を共同研究者として随伴していた。彼女の名はマリナ・ロビンソン。オーストラリア生まれで、MDI重役の娘であり、クレスを見出したのはロビンソン氏だった。
クレスとマリナはまったく別の地で生まれ、別々のまったく異なる環境で育った。しかし生年月日は同じ、外見も見分けがつかないほど似ていて、客観的には双生児以外のなにものにも見えなかった。
彼らが共同研究者となってからはMDIへの貢献はさらに顕著になり、特許は一年ほどのあいだに二桁にものぼった。
そんな折、タカムラ教授が仕事中の事故で亡くなり、地球から遺族がやって来た。博士の身内はたったひとり、ジュリアという十四歳の娘だけだった。天蓋孤独の身となった彼女はMDI関係者の子弟が通う学校へ編入することになる。
それから二年後、ジュリアのもとをクレスが訪れる。彼女の父、タカムラ教授の生前の日記を見たいというのだった。
クレスはタカムラ博士が造った宇宙船【七月号】を縦横に乗り回していたが、どうしても作動しない部分があった。博士が二十年以上前から研究開発していたことを知り、その秘密が研究中の日記に隠されていないかと思い立ったのだった。
日本語から英文へのデータ化作業をジュリアに依頼したクレスはひとりで出かけていき、彼の祖先が生きた膨大な時間を追体験することになる。