【あらすじ】
脚気を患い、東京から故郷に帰る途中、私は武生で動けなくなり、汚れくさった白絣を一枚着て、頭陀袋のような革鞄一つ掛けたみすぼらしい姿で、北国一と言われた旅館蔦屋の玄関先に立った。
ふつうなら玄関先で断られるところ、泊まることができたのは、蛍と紫陽花が見透せる裏口に涼んでいた、そこの娘、お米さんのお陰であった。
もう死に際だと思い、末期の水を頼むと、お米さんはコップの白雪に、鶏卵の黄身を溶かした玉子酒を、甘露を注ぐように飲ませてくれた。
同じ年の冬の初め、私が故郷から引っ返して再び上京する途中、丸岡の休憩所に人力車が休んだ時、そこに居合わせた旅客の口々から、お米さんが知事の妾となって、家を出たという噂を聞いた。
それから二十年近くが過ぎたある冬の夜、私はお米さんを訪ねようと宿を出たのであったが…